そのルーツに、渋沢栄一あり history

2020年、サムティホテルマネジメント株式会社へと社名変更した私たちですが、
そのルーツは古く、創業は明治にさかのぼります。
1892年(明治25年)、はじまりは商業興信所。
日本で初めての興信所の設立でした。
興信所というと探偵のようなイメージをもたれるかもしれませんが、
急激に経済が成長・発展するなか、商業取引に必要な相手方の身元、性格、能力、
営業規模や財力などの実態を正確に速く、しかも廉価に知ることのできる
専門機関が求められることは時代の要請とも言えました。

明治時代の商業興信所

商業興信所の創業者は、外山脩造。
彼もまた、現在のアサヒビールの創業や阪神電鉄の初代社長など
多くの功績を残した実業家です。
外山との関わりの深かった渋沢も
商業興信所の設立から4年、東京に東京興信所を設立。
その後、1944年に両社は合併統合、東亜興信所へ。
拠点を全国へと拡大していくなか、
高度成長を迎える日本において、新たな資産構築を目指し、
これまでのリサーチ事業に加え、ホテル事業に乗り出しました。
私たちの運営するセンターホテル東京はその第1号ホテルです。

大正時代の東京興信所
外山脩造翁

外山脩造と渋沢栄一。
多くの日本初を手掛けてきた創業者たちの想い、
そして、道義を伴った利益の追求という渋沢の精神は、
ホテル事業を持続的に運営、成長させていく私たちがこれからも
大切にしていかなければならないものと言えるでしょう。
これからのサムティホテルマネジメントにご期待ください。

センターホテル東京

今、注目を集める近代の実業家 渋沢栄一とは? biography

今、注目を集める近代の実業家 渋沢栄一とは? biography

日本の近代資本主義の父とも評される渋沢栄一は、明治から大正にかけ活躍した実業家です。栄一は27歳の時に15代将軍徳川慶喜の実弟・昭武に随行しパリの万国博覧会を見学するほか欧州諸国の実情を見聞し、先進諸国の社会の内情に広く通ずることができました。明治維新となり欧州から帰国した栄一は、静岡に商法会所を設立。これは日本初の株式会社とも言われています。
その後明治政府に招かれ大蔵省の一員として新しい国づくりに深く関わりました。大蔵省を辞した後は民間経済人として活動します。第一国立銀行の総監役に就任し、株式会社組織による民間企業を次々と設立。その分野は、金融・物流・製造・エネルギー・サービスと多方面におよび、生涯で約500もの企業に関わったとされています。また、一橋大学設立など教育機関・社会公共事業の支援などにも尽力し、その数は約600とも言われています。

今、知っておきたい 渋沢栄一トリビア trivia

2024年上半期に導入される新一万円札の肖像画に

20年ぶりとなる新紙幣、その表の図柄に渋沢栄一の肖像画が採用されました。新紙幣には最新のホログラム技術を使い紙幣を傾けても3Dの肖像が同じように見える偽造防止技術も導入されるそうです。

約500もの民間企業を設立、渋沢栄一の功績

現在のみずほ銀行をはじめ、東京証券取引所、東京海上日動、帝国ホテル、東急不動産・東急電鉄、JR東日本、東京ガスなど、その分野は多岐にわたり、現在も日本の経済を支える代表的な企業へと発展しています。

多くのビジネスマンに読み継がれる名著「論語と算盤」

多くの経営者や起業家に読み継がれる「論語と算盤」。経済価値と社会価値の両立、CSV(Creating Shared Value)経営などが注目を集める今、「道義を伴った利益を追求せよ」という渋沢の考え方に学ぶことは多いのかもしれません。